能登半島地震(2024年)の本当の教訓|死者594名・「想定外だった」では済まない防災行政の欠陥

事故調査
※写真はイメージです

2024年1月1日午後4時10分。石川県能登地方の地下16キロを震源とするM7.6の地震が発生した。輪島市と志賀町で最大震度7を記録し、津波と土砂崩れが能登半島を直撃した。

死者・行方不明者は594名(うち災害関連死364名)。全壊家屋8,445棟以上、輪島市沿岸では地盤が最大約4メートル隆起した。「地震が少ない地域」としてPRされてきた能登で、なぜ群発地震の警告が防災計画に反映されなかったのか——これがこの地震の最大の問いだ。

項目内容
発生日時2024年1月1日 午後4時10分
震源地石川県能登地方(深さ16km)
規模M7.6・最大震度7
死者・行方不明594名(うち関連死364名)
全壊家屋6,445棟以上
地盤変動輪島市沿岸で最大約4メートル隆起

「地震が少ない地域」という神話

能登半島では2020年12月ごろから群発地震が続いており、2021年(M5.1)、2022年(M5.4)、2023年(M6.5)と規模を増しながら地震活動が活発化していた。産業技術総合研究所の研究者は本震前から「M7クラスの地震が起きうる」と論文で指摘しようとしていた。2013〜2014年の政府の有識者検討会でも「F43断層でMj7.6の地震が起きる可能性がある」という評価がすでに示されていた——本震とほぼ同じ規模だ。

しかし石川県の地域防災計画は「30年以内に震度6弱以上の地震が起こる確率0.1〜3%」という全国地震動予測地図を根拠に、「石川県は地震が少ない地域」という前提のままだった。科学的に「起きうる」とわかっていた地震が、防災計画に反映されなかった。

直接死の4割が「圧死」

内閣府防災白書(令和7年版)によると、直接死の死因の約4割が「圧死」、約2割が「窒息・呼吸不全」で、多くの人が倒壊した建物の下敷きになったとみられる。死者の70代以上が約6割を占めた。能登の古い木造住宅は、1981年以前の旧耐震基準で建てられたものが多く、2020年以降の群発地震でダメージが蓄積していた建物が本震で一気に倒壊した可能性が高い。

孤立集落と「細い一本道」問題

海と山に挟まれた半島地形が被害を深刻化させた。多くの集落は細い山道一本でしか外部と繋がっておらず、その道路が土砂崩れや地盤沈下で寸断されると集落全体が孤立した。最大100カ所以上の集落が孤立状態になり、道路の啓開が完了するまで数日から1週間以上かかった事例もあった。物資も支援者も入れない状況が続いた。ヘリコプターによる救助が行われたが、半島全域に散らばる膨大な数の孤立集落への同時対応は、自衛隊・警察・消防・海保の能力の限界に迫るものだった。

関連死364名が示すもの

594名の死者のうち364名(約6割)が「災害関連死」だ。水道復旧の遅れ、プライバシーの確保が難しい避難所環境、寒冷な冬の環境——これらが重なり、高齢者を中心に体調を崩して亡くなる人が続出した。さらに2024年9月には「令和6年能登半島豪雨」が発生し、地震で地盤が弱くなっていた能登を再び直撃した。地震と豪雨の複合災害という事態は、復興途中の被災地に追い打ちをかけた。

この地震が問い直すもの

  • 群発地震を大地震の前兆として防災計画に組み込む仕組みの欠如
  • 半島・山間地という孤立しやすい地域への特化した備えの不足
  • 高齢者が多い過疎地での避難・救助体制の限界
  • 旧耐震基準の木造住宅の耐震化が進まない構造的問題
  • 災害関連死を防ぐための避難所の質の抜本的改善

探偵コラム:「想定外」は免罪符にならない

大きな事故や災害のたびに「想定外だった」という言葉が出てくる。しかし今回は、科学的に「起きうる」と示されていながら、行政の防災計画が追いついていなかったケースだ。これは「想定外」ではなく「想定できていたのに対策されなかった」だ。

「想定外」という言葉は、「準備が足りなかった」という事実を隠すアリバイになることがある。「確率が低い」「前例がない」という理由で動かない——これは組織的な判断の失敗だ。能登半島が教えたのは、その問いを政策レベルで続けることの重要性だ。南海トラフ巨大地震が懸念される今、「地震が少ない」という前提で防災計画を作っている地域が日本にまだどれほどあるだろうか。

【参考資料】
・内閣府「令和7年版 防災白書 第1章 令和6年能登半島地震の概要と被害状況」・地震調査研究推進本部「令和6年能登半島地震の評価」(2024年1月)・石川県「令和6年能登半島地震 被害状況(第226報)」

元日という日の意味

地震が起きたのは1月1日の午後4時10分——元日の夕方だ。多くの家族が親戚の家に集まり、暖かい室内で新年の食卓を囲んでいた。その時間帯の倒壊は、就寝中の深夜とはまた違う特別な状況を生み出した。屋内にいる人が多く、木造家屋の倒壊で一家全員が犠牲になった家族も複数いた。また消防・警察・救急の多くの職員も、元日の休暇中に緊急招集された。初動対応の資源が最初から全力を発揮できない状況下での災害対応となった。さらに能登半島は医療機関が少なく、地震で道路が寸断されると高次医療へのアクセスが極めて困難になる。「医療過疎」という問題が、災害時に致命的な格差を生む現実が浮き彫りになった。

大地震の予兆をどう防災に活かすか

能登の群発地震は2020年から続いていた。気象庁はその都度地震情報を発表し、研究者は「大地震の可能性」を論文で示していた。では「群発地震が続いている地域」の住民は何をすべきだったのか、行政は何ができたのか。これは単純な問いではない。群発地震が必ず大地震につながるわけではないし、「大地震が来るかもしれない」という情報だけで住民の移住や大規模な耐震化を強制することには限界がある。しかし少なくとも「避難経路の確認」「家具の固定」「非常食の備蓄」「耐震診断の促進」という個人レベルの備えを行政が具体的に促すことはできた。群発地震という「予兆」があったにもかかわらず、それが自治体の防災啓発に十分に活かされなかった点は、今後の重要な課題だ。

「半島」という地形の防災的意味

能登半島は「半島」という地形の防災上の弱点を凝縮して示した。半島とは、三方を海に囲まれ、陸側の一方向からしかアクセスできない地形だ。能登の場合、その「一方向」も山間部を通る細い道路網しかない。大地震で山間部の道路が寸断されると、半島全体が実質的に孤立する。日本には同様の地形を持つ半島が多数ある——房総半島、伊豆半島、紀伊半島、島原半島……。これらの半島に住む人々への防災対策は「陸路が寸断された場合の海路・空路による支援」を前提に設計し直す必要がある。能登の経験は、半島型地形を持つすべての地域への警告だ。

能登半島地震は、現代日本の防災行政が「経済成長優先の時代に形成されたパラダイム」から脱却できていない現実を示した。「地震リスクが低い」という情報が企業誘致に使われ、実際に住んでいる住民の安全より経済的なイメージが優先されてきた構造——それは能登だけの問題ではない。

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